2010年5月12日水曜日

チェスをする二人・・・4

海に向かうと左半身に涼しさを感じる。
夕凪の気配はない。
うねりはないが海面は波立っている。
釣り場は海にせり出している幅五十メートルほどのコンクリート構造である。
鉄柵にもたれて下を見ると、干潮らしく3メートル程下に海面が見える。
揺らめく海底が手に取るように見える。
水深は2メートル程だろうか。
釣れそうな気配が希薄な中で、それでも糸を投げた。
左に目をやると10メートル程先に60才前後とおぼしき人物が竿をもっている。
その動きからアオリイカをねらっていることがわかる。
アオリイカ釣りはマニアックで、初心者が簡単に取り組める釣りではない。
その姿を見るだけで私のような初心者は彼等に尊敬の念を持つ。
生きた小アジを餌にすると聞いただけで、職業にしていなくても漁師の肩書きがふさわしく思える。
こちらは小アジが釣れたら大漁節でも歌い出しそうな程嬉しくなる。
アオリイカ釣り漁師をマグロに例えるならならこちらは鰯程の差を感じる。
今日はどうも釣りに集中出来ない。
数度餌を取り替えている内に浮子が見づらくなる程夜に近づいた。
太陽は伊豆山の向こうに隠れた。
昼間のざわめきは薄れ行き、夜に向かう不安げな静けさが忍び寄ってきた。
晩酌の刺身をあきらめ、あっさりと納竿して階段を上がると、例の二人はまだチェスをしていた。
いつの間にか釣り場にいる人数は5人になっていた。
チェスの二人と私たち夫婦それにアオリイカの漁師だ。
一体いつから何時間チェスをしているのだろう。
いつまで指し続けるのだろう。
仙人と木こりが碁に夢中になっている内に、気がついたら、立てかけて置いた斧の柄が朽ち果てていたという中国の古事を思い出した。
二人の存在がなぞめいてきた。
彼等は仙人で自分の目だけに見えるのだろうか。
いや、家内も見ている。
形而上の存在ではなさそうだ。
家に帰り着くまで謎はますます深まっていった。

続く・・・南視




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